研究内容

ここでは、本研究室で行っている研究内容について説明します


1.魚類における糖鎖分解酵素シアリダーゼの機能解析

 糖鎖がタンパク質や脂質に結合しているものを複合糖質といい、糖鎖の多くは非還元末端にシアル酸を含んでいます。複合糖質は生体内で多くの生理機能に関与しており、特にシアル酸はこれらの機能に重要であることが分かっています。糖鎖分解酵素シアリダーゼはシアル酸を糖鎖から切り離す酵素で、哺乳類ではNeu1、Neu2、Neu3、Neu4の4種類が報告されています。シアリダーゼはシアル酸を遊離させることで、糖鎖の構造の制御を行っています。その結果、細胞のシグナル伝達系を変化させ、細胞の分化、アポトーシス、運動能などの細胞の形質に影響を与えることが明らかとなっており、また癌や糖尿病などの疾病にも深く関与しています。

 

 一方、水棲動物におけるシアリダーゼの働きについてはよく分かっていません。複合糖鎖が多くの生理現象に関係しているならば、複雑な環境下で生息する水棲動物では、糖鎖はヒトに比べ、より複雑な働きを行う必要があります。そのため魚類では、哺乳類とは性質の異なるシアリダーゼが複数存在し、機能している事が予想されます。そこで本研究室では、魚類におけるシアリダーゼの役割を明らかにすることを目的とし、研究を行っています。

 

β anomer

シアル酸(N-アセチルノイラミン酸): 一般に糖鎖の非還元末端に位置している

 

 これまで我々は、メダカ(Shiozaki et al., 2013, 2014: Ryuzono et al.,2016)、ティラピア(Chigwechokha et al., 2014: Honda et al., 2018, 2020)、ゼブラフィッシュケーブフィッシュガープラティカンパチおよびウナギ(Shiozaki et al., 2020)などの魚種からシアリダーゼの遺伝子を同定し、その酵素学的性状を明らかにしてきました。その研究から、以下のことが明らかになりました。

 

1)Neu1とNeu3の2つのシアリダーゼは脊椎動物間で高く保存されており、魚とヒトで似た性状を示す

2)Neu4シアリダーゼは脊椎動物間の保存性が低く、魚種間ですらその性質が大きく異なる

3)他の動物では報告の無い、細胞核に主な局在を示すシアリダーゼがティラピアに存在する

4)哺乳類とは異なり、魚類のNeu4はシアル酸の1種であるKDN(デアミノノイラミン酸)を水解できる

5)魚類にのみ存在するシアリダーゼのパラログ遺伝子は、魚類特徴的な機能を有する

 

デアミノノイラミン酸(KDN) : 魚類と異なり、哺乳類のシアリダーゼは基質としない

 

 これら魚類シアリダーゼの機能解析により、神経細胞の分化(Shiozaki et al., 2013: Honda et al., 2021)、筋肉細胞の分化(Shiozaki et al., 2017)、卵黄成分の分解(Ryuzono et al., 2017)、バクテリア感染制御(Oishi et al., 2021)などにシアリダーゼが関与することが分かってきました。特にゲノム編集によるシアリダーゼ欠損ゼブラフィッシュの解析から、Neu1が筋肉や骨形成に重要な因子であること(Okada et al., 2020)、さらにNeu1が不安時に興味や探索行動を抑制する情動制御因子であることも分かってきました(Ikeda et al., 2021)。

 Neu1欠損ゼブラフィッシュ:加齢に伴い背骨が湾曲する

 

 このように糖鎖やシアリダーゼは、哺乳類同様に、魚類においても発生や成熟、免疫や魚病など深く関連していることが考えられます。さらにバクテリアにおいても、これら糖鎖は重要な働きをしています。例えば、養殖魚に大きな被害を与える病原性バクテリアEdwardsiell tardaはシアル酸関連タンパク質を感染に利用していることが我々によって明らかにされています(Chigwechokha et al., 2016: Vo et al., 2019)。

 

 我々は、水生生物の糖鎖研究を通じ、糖鎖が関与するヒト疾病の発症メカニズムの空き名や新規治療法の開発、さらに養殖業を中心とした水産業の発展への寄与したいと考えています。

 


2.水棲生物由来の健康機能性成分の探索と応用

 

 食品には一次機能(栄養)、二次機能(味)、三次機能(生体調節作用)があります。最近は、三次機能である”食品に含まれる健康にいい成分”を含む機能性食品が注目されています。水産物からは、コレステロールを抑えるキトサンや血糖値を低下させるポリフェノール、お腹の調子を整える食物繊維などを含む食品が特定保健用食品として登録されています。また、水産物由来の他の成分としてDHAやEPA、タウリン、ビタミン類などがよく知られています。 鹿児島県は南北に600kmにおよぶ長さであり、そこには多様な生物環境が存在します。水棲生物の種類も多種多様であり、未利用資源も数多く存在します。すなわち、我々が知らない”体に良い成分”を持つ生物がいる可能性も大いにあります。 

 

 本研究室では、これまで血圧を抑える働きのあるペプチドについて研究を行っており(Shiozaki et al.,  2010)、最近では深海サメであるアイザメ筋肉から降圧作用が期待されるペプチドを発見しました(Ikeda et al.  2015)。成人男性の3~4割が高血圧・高血圧予備軍と言われ、まだ高血圧は脳・心臓疾患のリスクを上昇させることから、食品で血圧を抑えることは非常に重要です。さらにこの深海サメの筋肉の脂質には、がんの転移や炎症に関与するタンパク質分解酵素MMP-7の活性を抑制する効果があることも見出しました(Shiozaki et al.,  2017)。鹿児島県ではサメの混獲などが問題となっていることから、本研究室の成果が新規利用法の開発につながるのではと期待しています。 

H-VAL-TRP-OH 24587-37-9 TR-V991740 | Cymit Química S.L.

 

Val-Trp:アイザメ筋肉の加水分解物に見いだされたACE阻害ペプチド

 

さらに本研究室では水産物以外の食品の健康機能性についても研究を行っています。がんの悪性度を促進するタンパク質の1つにNEU3シアリダーゼがありますが、柑橘類に含まれるフラボノイドNaringinがこのNEU3の働きを抑え、癌細胞の増殖を抑制することを見出しました(Yoshinaga et al.,  2016)。また柑橘由来の別のフラボノイドNaringeninは、ヒトや魚類に感染するバクテリアEdwardsiella tardaのNanAシアリダーゼを阻害し、細胞内感染を抑制することが明らかとなりました(Shinyoshi et al.,  2017)。柑橘類は鹿児島の特徴ある農産物の1つであることから、柑橘類の食品機能性研究は地元産業の発展に貢献できると考えられます。

Naringenin.svg

ナリンジン(naringin): カボス果皮などに多く含まれる

 

 そして最近では、人間のうつ病・不安症と同じ症状を表すモデル動物として、神経ペプチドY(NPY)欠損ゼブラフィッシュをゲノム編集により作出しました(Shiozaki et al.,  2020)。一般に実験動物にはマウスやラットが使われていますが、このNPY欠損ゼブラフィッシュを用いることで、これまでに比べて迅速・簡便な抗うつ薬の開発や評価が可能になると期待されます。我々はこのゼブラフィッシュモデルを使用して、漢方薬の人参養栄湯に強力な抗不安作用があることを見出し、その作用物質がシザンドリンであることを発見しました(Kawabe et al., 2021). 

 Schisandrin | CAS 7432-28-2 | LGC Standards 

シザンドリン(schizandrin):チョウセンゴミシに特徴的に含まれる化合物

 

 これ以外にも本研究室は医学部や共同獣医学部、他大学、地方自治体や一般企業との共同研究を行っており、様々な食品の健康機能性や疾病の発症に関する研究を進めています。